第一章 新宿に一つだけの恋(せかいにひとつだけのはな) 20××年、ここ東京は無法地帯と化している。日本の首都は毎年変わり、現在は高知県が二度目の首都を務めている。現在国の予算が最も使われているのはカツオ漁だ。元首都はすっかり荒れ果て、略奪、暴力に支配されている。警察は無力化し、人口は増える一方で、中でも新宿が最も犯罪と人口の多い街になっていた。街はすでに人口の30%が外国人になっていて国も軍隊も日本を守ることが出来ず、外国からの難民を規制することが出来なくなっていたのだ。 今新宿では一つの商売が流行っている。それはヤクザの個人経営で仕事の内容は借金取りやボディガード、話し相手など、要するに暴力に対応できる何でも屋のようなものだ。個人の財産は自分で守るのが当たり前の時代になっている。第二次東日本極道抗争でほとんどの組が解散し、生き残ったヤクザ達は個人で動くようになった。人々は彼らの事を皮肉を込めて「ザ・ジンギ」と呼んだ。組に属さない彼らには、仁義や任侠は存在しなかったからだ。 その昔、大統領だったイシハラが君臨して都庁と呼ばれたそのビルはジンギ達の個人事務所であふれていた。新宿の象徴であるこのビルを誰が仕切るかは、誰がこの街を支配するのかと同じ意味を持っていた。しかし先の七日間戦争ですっかり疲れ果てた彼らは自らジンギ同志は殺し合わないというルールを設けていた。 午前8時20分・イシダはフェラクラの用心棒の仕事を終え、家に帰るところだ。この頃フェラクラは居酒屋感覚で街のいたる所にあった。イシダはフェラクラ「アパッチ」でウェイトレス兼用心棒を務めている。人手の足りないときにはフェラサービスも手伝う働き者だ。彼は新宿一のマッチョで、胸囲が二メートル以上ある五十六才の中年ジンギだ。イシダはケイタイのメールをチェックしていた。ムービーケイタイもずいぶん流行ったが相手の顔が見えすぎて夢がなくなってしまってムービーの時代は終わった。顔のわからないメールのみで恋愛するのが今の主流だ。 「ペペロンチーノ!(笑)今起きたとこだけどもうイシダが恋しくなっちゃってメールしちゃった(死)今日は確か夜勤明けだったよね(笑)看護婦だとか言ってほんとはフェラクラ嬢だったりして・・・ゴメン、ジョーク、イッツジョーク!ほんとはそんなこと思ってません(笑)君のこと考えるとオレおかしくなっちゃうんだ(笑)だってこんなに好きなのに全然会おうとしてくれないんだもん(笑)ソソソソーリー、今日のオレ愚痴っぽいな(涙)ゆっくりおやすみ、またメールするよ(笑)P.S.君の夢に僕が出てきたら嬉しいナ(笑)タモリ」 メールの相手はハンサムボーイな大学生タモリと名乗る青年だ。オールドスクールなコメディアンの名前を使うあたりもスマートだ。(イシダは女の子の心を持った中年男でメール上では二〇才の看護婦さんという事になっている。)現実は五十過ぎのジンギ同志によるメール恋愛だった。実際この時代、こんな恋愛をしている人は多かった。ソッコーで2万字のメールを打ち返すイシダ。彼はときめいていた。こんなにメールに夢中になったことはない、いやこんな恋をしたこと自体が初めてなのだ。会いたい!タモリ君に会いたいよ!私のハートが沸騰して蒸発してしまう前に!でも自分に自信が持てない、彼私のこと見たら逃げ出すんじゃないかな、私の身体に刻まれた100個の傷や、見事に禿げ上がった頭や、背中の鯉の刺青、おまけに30人以上のバカ女を殺してきた殺人鬼で変態オカマ野郎だと知ったら・・・ その時イシダに女がぶつかってきた。見た目、30歳前後で水商売丸出しの化粧のきつい女だった。そしてこう吐き捨てた。「すみっこ歩いてろ、このバケモノが!」今日は「アパッチ」の制服を着て帰るところでイシダ的には完全に女子高生気分だった。気が付いた時には女の首を引きちぎっていた。イシダ得意の「もぎたてサンダー」だ。これで31人目だ。転がる首をよく見るとその顔は新宿の実力者、森田君の妻ボニータのそれだった。 その噂は新宿中に広まり、ジンギ達のルールは破られイシダ対森田君の戦いが始まってしまった。ジンギ同志だけではなく、ひきこもり対主婦、現場のおっさん対バイト君、ライバル会社の部長同志、サトシ君対ポン引き、一般人達も暴れだし、大戦争へと発展していく。いったいどうなる新宿! to be condom......